「俺がアニメになったなら」連載第1回
「みんな、大変だ~。エマージェンシー、ヒーロー部!」
バーン、と大きな音とともに部室のドアが開き、赤白帽をかぶったくりくりした瞳の小柄な男子――野田大和が、息せき切って飛び込んできた。
キョトンと目をみはる部員たちを見回して、「なんと――」と言いかけたところで、ゲホゲホと咳き込んでしまう。よほど慌てて来たようだ。
「落ち着いて、野田君」
私、聖瑞姫がコップを渡すと、野田君は「悪い、ピンク……」とかすれた声で言ってから、ゴクゴクと麦茶を喉に流し込んだ。
「わかってる大和、あの件だろ?」
金髪にピンクのベストを着た美形男子――高嶋智樹が、ふっと口元を緩める。
「空良ちゃんメイド服バージョンのフィギュアが発売決定! 確かに大事件だぜ!」
目を輝かせながら、推しキャラのイラストを待ち受けにしたスマホを掲げる高嶋君。うん、違うと思う。
「この数日というもの、かつてない頻度で右腕が疼いていたが……まさか、四魔将の封印がついに破られたというのか?」
ハッと顔色を変えて、黒髪に学ランの眼鏡男子――中村和博(自称『竜翔院凍牙』)が立ち上がり、
「ナンセンス! とうとう俺のCDデビューが決まった……あたりが一番リアリティあるだろ」
端麗な顔立ちに不敵な笑みを浮かべたオリーブ色の髪の男子――厨二葉が、気障っぽく前髪をかき上げる。
二人とも同じくらいあり得ないからね?
「やれやれ、相変わらず馬鹿ばっかだね……オレはとっくに全てを把握してて、むしろ今更って感じだけど、野田、いい加減こいつらに話してやれよ」
ヒョウ柄パーカーの赤髪男子――九十九零が、肩をすくめながら嘲るような口調で促すと、野田君は「ああ……」と真剣な表情でもう一度みんなを見回して、言った。
「なんと――おれたちが、アニメになるらしい」
「「「「「ええええええええええ?」」」」」
驚きの叫びをあげる部員一同。
九十九君も目を見開いて絶叫してて、やっぱり、ただの知ったかぶりだったんだね……。
☆★☆
「俺たちが……」
「アニメ……?」
みんな、呆然と顔を見合わせてから、ごくりとつばを飲み込んで。
「「「「「「やったーーーー!」」」」」」
今度は一斉に歓喜と興奮が巻き起こる。
「すげー! マジすげーよ、これは。我がオタ人生に一片の悔いなし……! ――でもいったいどんな風になるんだろうな?」
高嶋君の問いかけに、野田君が「そうだな……」と腕を組む。
「おれたちの普段の活躍を、アニメ風に演出するとしたら――」
鳴り響くサイレン。
部室の天井に取り付けられたランプがくるくると赤い光を回転させ、スピーカーから緊迫した声が流れ出す。
『緊急事態発生。緊急事態発生。校庭にテスト怪人が出現。生徒を襲っている。ヒーロー部はただちに出動せよ』
野田「よし、イエロー、ピンク、ブラック、パープル、グリーン。行くぞ!」
高嶋「ま、待て、まだカレー食べてる途中……」
中村「何を悠長な。可及的速やかに目的地へ向かうぞ」
校庭。
テスト怪人「長文読解ビーム!」
生徒たち「きゃああああああ」
テスト怪人「品詞分解アタック!」
生徒たち「いやあああああああ」
テスト怪人「ウマイヤ朝アッバース朝サーマーン朝!」
生徒たち「やめてくれええええええ」
野田「そこまでだ!」
テスト怪人「なんだ、おまえらは?」
野田「一つ、人より力持ち」
高嶋「二つ、不屈の闘争心」
聖「三つ、みんなの笑顔のために」
中村「四つ、世直し人助け」
九十九「五つ、いつかの誓いを胸に」
厨「六つ、無敵のこの絆」
部員全員「我ら、皆神高校ヒーロー部!(ビシイッ)」
ポーズを決めたみんなの背後にバーン! とカラフルな爆煙が起こる。
そこからアクションパート。みんなで力を合わせて必殺技を放ち、敵を追い詰める。
テスト怪人「小癪な……だが、これならどうだ!(みるみる巨大化)」
テスト怪人「ハーッハッハッハ。そおれ、微分積分ミサイルー!」
生徒たち「ぎゃあああああああ(阿鼻叫喚で逃げまどう)」
野田「やめろ!……こうなったら、あれの出番か(ピッと腕時計についてるボタンを押す)」
勇壮なBGMとともに校舎が真っ二つに割れ、中から巨大ロボが姿を現す。
とうっと全員がジャンプし、ロボの操縦席に吸い込まれていく。
野田「DXミナカミロボ、発進!」
「――って完全に別物じゃない! 私たち、そんなニチ●サの戦隊ものみたいな世界には住んでないからね?」
「あとイエローだからって人を勝手にカレー好きキャラにするな! 安直!」
私と高嶋君の抗議に、「むう」と口をとがらせる野田君。
「まあ、確かにイスラーム王朝の変遷は厄介だよな……」
「微分積分が対学生大量虐殺兵器だという点は認めよう」
厨君と九十九君は部分的に共感するところがあったらしい。
「ぬるい、ぬるすぎるぞ、野田大和。1クールで何十という作品が放映されるこのアニメ戦国時代にそのような特撮の王道を焼き直しただけの勧善懲悪物語では、数多の作品群の中に埋没せざるをえまい」
険しい表情でそう言ったのは、中村君だ。
「じゃあ、ブラックはどんなアニメだったらいいと思う?」
「フッ……一例をあげるならば――」