「アメージング・ハロウィン・デイ」連載第1回
10月末の日曜日。
ハロウィンイベント開催中のテーマパーク〈アメージングワールド〉は、仮装に身を包む人々でごった返していた。
入口付近に設置された更衣室から表に出たところで、「ピンク!」とお馴染みのはつらつとした声に呼ばれる。
「とーう! パンプキンマン登場!」
振り向いた視線の先で、かぼちゃの仮面をすっぽりとかぶり、赤いマントをつけた野田君が、ジャンプ&着地、そして決めポーズを流れるような動作で決めた。
パンプキンマンは、おなかを空かして泣いている子に「僕のかぼちゃをお食べ」と自分の口に手を突っ込んで中身のかぼちゃを分け与える、いろんな点でツッコミどころのありすぎるアニメキャラなのだが、幼児には絶大な人気を誇るヒーローだった。
まあ、ハロウィンに仮装するにはぴったりかもね。
「♬パンプキンマン 花が咲いたら~ 晴れた●に種をまこう~♪」
「野田君、それ別の野菜」
「ほう、聖瑞姫が扮するはシスターか……」
えり元だけ白くなった黒のロングワンピースにベールをかぶり、十字架を持った私の姿を見て、中村君が感心したようにつぶやく。
「ハロウィンとは元来、収穫を祝い、先祖の霊を迎える宗教的な行事だったことを鑑みれば、悪くない選択だ。だが……いかに聖なる衣をまとっても、果たしてこの冥府における魂の管理人、終焉の使者たる俺の大鎌から逃れられるか……? ククク……」
すそがところどころ裂けた黒いフード付きローブをまとい、大きな鎌を片手に怪しげな笑みを浮かべる彼は、どうやら死神らしい。
「世界の海をまたにかけるワールドワイドなパーフェクトヒューマン! キングオブパイレーツ・厨二葉とは俺のこと」
ビシッと謎カッコいいポーズをしてみせる厨君は、海賊か。頭には大きな三角帽、ゴージャスな雰囲気のナポレオンコートを羽織って、どくろモチーフの指輪をしている。
「愚かなパリピどもめ、せいぜい浮かれ騒いでいるがいい。この後、地獄のお茶会(ティーパーティー)が待ち受けてるとも知らずに、ね……」
シルクハットをかぶって、正装したピエロのようなド派手ないでたちをした九十九君は、『不思議の国のアリス』のマッドハッター……あなたのその恰好も、パリピ以外の何ものでもないと思うけど。
「俺がその白い首筋に牙を立てた時の、痛みをこらえつつもどこか陶酔したような空良ちゃんの表情……やばい想像するとめっちゃエロい!」
興奮したように顔を赤くしてまくしたてる高嶋君は、裏地が赤い黒マントとタキシード、付け牙をのぞかせた、吸血鬼。
「てか二次元で描写される吸血行為ってほとんど疑似セッ――」
「黙りなさい」
独断と偏見に満ちた戯言を口走ろうとしたので十字架を投げつけると、高嶋君は「ぐああああ、やめろろおお」と大げさにその場にひざまずいた。やれやれ……。
「よし、みんな仮装は完璧だな! じゃあ、早速園内に繰り出そ――」
「パンプキンマン、助けて!」
威勢よく拳をつき上げようとした野田君を、不意に幼い声が遮った。
「!?」
見ると、小学生になるかどうかくらいの女の子が、野田君のマントのすそをぎゅっと握って、つぶらな瞳でかぼちゃの仮面を見上げていた。
ピンクのネグリジェ姿なのは、『ピーターパン』のウェンディの仮装かな?
「わたし、忘れものをしたの。いっしょにさがしてちょうだい」
利発そうな、はきはきした口調。表情は真剣そのものだ。
「忘れ物……?」
「君、一人? お父さんとかお母さんは?」
高嶋君の質問に、女の子はふるふると首を左右に振る。
「パパやママもいっしょにいこうって言ってたけど、ダメになっちゃったの」
「じゃあ、誰と一緒に来たの?」
「だれとも。一人できたの」
きっぱりと答える女の子だけど、こんな小さな子が一人でテーマパークに……?
〈アメージングワールド〉は入園料を払ってしまえばアトラクションは全部遊び放題だし、年間パスポートとか持ってるならお金はかからないかもしれないけど、入口の係員さんに止められそうだよね?
一人っていうのは、ちょっとあり得ない気がする。
「小さきものよ、おまえの名は何という?」
「あさひな、ちさ」
「歳は?」
「六さい」
「零。花耶姉、今は迷子係やってるんだろ? この子の保護者が来てないか聞いてみれば」
「なるほど」
厨君の提案に、九十九君がスマホを取り出す。
このテーマパークでは、九十九君のお姉さんの花耶さんがアルバイトをしていて、今日も花耶さんから割引券をもらったからみんなで遊びにきたのだった。
「――それっぽい人は来てないって。とりあえず姉ちゃんには、この子の名前や特徴を伝えて、保護者らしき人が来たら連絡してって言っておいたけど……」
九十九君の言葉に、部員一同、さてどうしようと顔を見合わせる。
「……忘れもの、さがしてくれないの?」
「捜すぞ! だから安心しろ!」
ちさちゃんの目がうるんでいくのを見て、即座に言い切る野田君。
ちょっと、またそんな安請け合いして……!
「忘れ物って、何を忘れたんだ?」
「わかんない」
わかんない……?
「袋とかに入れてて、中身がわからないってこと?」
私が尋ねても、ちさちゃんは困ったように首を傾げていたけれど、きょろきょろと見回すと、「あっち!」と指さして走り出した。
「おい、ちさ!?」
色々と不可解だけど、こんな小さい子を一人で放っておくわけにもいかない。
私たちも、慌ててあとを追った。