「即興喜劇・かぐや姫」連載第1回
「新しい依頼が来たぞ! 今週土曜日はみんなでお月見だ!」
部室に集まった部員たちにチラシを掲げて見せながら、今日も元気な野田君が意気揚々と話し始める。
「依頼主は、おれと智樹の住んでる町内の老人会の、吉蔵さん。今度公民館でお月見会をやるから、そこで余興をしてほしいそうだ」
「大和はばあちゃんっ子だったし、お年寄りに知り合いが多いんだよ。買い物の荷物を持ってあげたり、雨漏りの修理を引き受けたり、普段から色々手伝ってるからその流れだな」
高嶋君の説明に、さもありなん、と納得した。
でも余興か……何をしたらいいだろう?
「やはりヒーローショーか?」
幼稚園じゃなくて老人会だからね!?
「『アイライブ!』の名曲メドレーをみんなで踊る!」
野田君も高嶋君も、自分が楽しいだけじゃない!
「夜更けの集い……ならば百物語はどうだ?」
眼鏡を光らせながら、中村君。お月見どころじゃなくなるよ!?
「安売りはしたくないが、どうしてもって言うなら【♰刹那 騎悧斗♰】が出張ライブしてもいいぜ」
「誰が頼むか、バカ」
九十九君が冷たくいなすと、「ああ?」と厨君が声を荒らげた。
「じゃあてめーはなんかグッドアイディア持ってるのか? 否定するだけならイージーだよな」
「オレはバカにバカって言っただけだし。否定以前に論外なんだよ」
この二人の言い合いは日常茶飯事なので、他のメンバーはもう完全にスルーして「何がいいかなあ」と首をひねる。
「定番は歌とか楽器とか、劇とか……? お月見会だから、月にちなんだ何かで」
私の言葉に、みんななるほど、という顔で頷いた。
「けっこう持ち時間があるから、劇にするか! ただ、実は今回の依頼、一つ裏事情があるんだ」
裏事情?
「少し前、老人会に佳代さんっていうばあちゃんが仲間入りしたんだけど、女手一つで育ててきた子どもたちが三人とも家を離れて、ほぼ同時期に仕事もやめて気が抜けちゃったのか、すっかり無気力になっちゃってるらしい。他のお年寄りともなかなか馴染もうとしないで浮いちゃってる感じだから、いつもの老人会とはちょっと変わったことができたら佳代さんの気分も変わるかも……ってことで、吉蔵さんから余興を頼まれたんだ」
「なるほど、元気がないおばあちゃんを励ますのが目的なんだね」
「ってことは、明るい話がいいよな~」
「お年寄りが好きな、笑える劇……?」
「可能ならば観客もただ見ているだけではなく、何かしらの形で参加できるようなものが理想ではないか?」
「順番に考えようぜ。まず月がテーマやモチーフになってる劇となると――」
☆★☆
そして、お月見会の当日。
天気予報ではちょうど台風が直撃するかもといわれていたのだけれど、幸いこの夜は風もなく、空には見事な満月が皓皓と輝いていた。
「フッ……密かに力を解放した甲斐があったな。この竜翔院凍牙の魔力をもってすれば、台風の進路を変えるなどたやすいこと……」
自分の手柄のように語る中村君はともかく、ちゃんと予定通り開催できそうで何よりだ。
お手伝いをするために少し早めに公民館に行くと、吉蔵さん他、数人のお年寄りがにこにこしながら出迎えてくれた。
「よく来てくれたのう、君たちがヒーロー部かい。大和からよく話を聞いてるよ」
「わざわざありがとうね」
「若い人たちがいると、場が華やいで嬉しいねえ」
彼らの指示のもと、私たちはススキや里芋を飾ったり、お団子を作ったり……といった作業にとりかかる。
「見ろ、10段タワー! もっと行けるか……?」
「大和、団子を積み上げるな! 落ちる、落ちる!」
「仕上げは甘美なる涅色のビロードか、砂糖妖精の黄金の鱗粉を希望するぞ」
「オーケー、あんこときな粉は用意してある。みたらしあんも作っておくか」
「九十九君のお団子、すごくカラフルなんだけど……!?」
「白一色じゃ味気ないからね。食用色素を使ったのさ――って野田、勝手に混ぜるなよ! ……あー、エグい色になった……」
わいわい言いながら大方の準備ができた頃、他のお年寄りもたくさん集まってきて、和室の大広間でお月見会が始まった。
――といっても、特に開始の合図はなく、来た人から順に、持参した湯飲みとお椀にお茶とお団子をもらって、あとは各自で好き勝手にだべっている、ゆるい会合だ。
私たちも、参加者全員にお茶とお団子を配り終えると、適当な場所に腰を下ろして食べる側に回った。
……うん、美味しい。自分で作ったと思うと、なおさらそう感じるなあ。
甘党の中村君は特にホクホクした顔でお団子をほおばっている。
大きく窓の開けられた縁側から見える、青白く光る丸い月。
秋風にのって響いてくる、りーりーという音は、鈴虫かな。
なかなかに風情があるけれど、私たちも含めて月を愛でているのは最初だけで、ほとんどの人は食事とおしゃべりに夢中だよね……と大広間を見回していたら、他のお年寄りのグループから一人だけ離れたところに座っているおばあさんの姿に気付いた。
「佳代さんもこっちにおいでよ、一緒に食べよう」
「いや、私はここでいいよ……」
他のお年寄りに誘われても、そんなふうに断って、すぐに視線を空に向ける。
でも、その目はぼんやりとして、何も映していないように思えた。
あの人が、佳代さんか……。
「佳代ばあちゃん、団子ほとんど食べてないじゃないか。お代わりはまだいっぱいあるぞ!」
野田君が近付いていって話しかけたところ、佳代さんは「食欲がなくてねえ」と淡々と応じた。
「なんでみんなから離れて食べてるんだ? 誰か嫌いな人がいるのか?」
一応声は潜めつつも、ズバッと正面から切り込む野田君にちょっと冷や冷やしたけど、幸い佳代さんは気を悪くした様子はなく、首を横に振る。
「みんな、親切でいい人だよ。でも、もう老い先短いと思うと、新しい人間関係を作るのも面倒くさくてね……とはいえ、ずっと家にいても気が滅入るから、こういう会はありがたいんだよ」
人が嫌いとか苦手というわけではなく、やはり気力の問題のようだ。
「媼よ、汝の趣味はなんだ?」
「え、特に何も……」
中村君に問いかけられ、若干戸惑いを見せつつ、答える佳代さん。
「じゃあ新しく作ろうぜ! んー、特撮番組の鑑賞とか」
「ゲームもおススメ! 『アイライブ!』っていうんだけど……」
「ネット動画もおもしろいやつがいっぱいあるぜ」
「インディーズバンドの隠れた名曲探しなんてどう?」
「俺が推薦したいのは楽器演奏だ。壮大なクラシックは魂を癒すとともに無限の想像力を駆り立てる――」
「みんな、自分の趣味を押し付けてるだけじゃない! すみません……」
私が慌てて間に入ると、呆気にとられていた佳代さんは、「ありがとうね、色々考えてくれて」とわずかに瞳を和ませた。
「でも、いいよ。今更何か始めても、若い人たちと違ってのみこみも遅いし、すぐ疲れるし……」
そこまで話すと、佳代さんはため息をついて、また空を見上げる。
「どうせ、あとはお迎えが来るのを待つだけだよ」
「そんな――」
野田君がそこまで言いかけたところで、ボーン、と時計の音が響いた。
頼まれていた出し物の時間だ。
「……佳代ばあちゃん。おれたち、この後、劇やるんだ。見ててくれよ!」
野田君の言葉に、佳代さんは少し首を傾げてから、こくりと頷いた。