SPECIAL

「アメージング・ハロウィン・デイ」連載第1回

 10月末の日曜日。
 ハロウィンイベント開催中のテーマパーク〈アメージングワールド〉は、仮装に身を包む人々でごった返していた。
 入口付近に設置された更衣室から表に出たところで、「ピンク!」とお馴染みのはつらつとした声に呼ばれる。

「とーう! パンプキンマン登場!」

 振り向いた視線の先で、かぼちゃの仮面をすっぽりとかぶり、赤いマントをつけた野田のだ君が、ジャンプ&着地、そして決めポーズを流れるような動作で決めた。
 パンプキンマンは、おなかを空かして泣いている子に「僕のかぼちゃをお食べ」と自分の口に手を突っ込んで中身のかぼちゃを分け与える、いろんな点でツッコミどころのありすぎるアニメキャラなのだが、幼児には絶大な人気を誇るヒーローだった。
 まあ、ハロウィンに仮装するにはぴったりかもね。
「♬パンプキンマン 花が咲いたら~ 晴れた●に種をまこう~♪」
「野田君、それ別の野菜」

「ほう、ひじりみずふんするはシスターか……」
 えり元だけ白くなった黒のロングワンピースにベールをかぶり、十字架を持った私の姿を見て、中村なかむら君が感心したようにつぶやく。
「ハロウィンとは元来、収穫を祝い、先祖の霊を迎える宗教的な行事だったことをかんがみれば、悪くない選択だ。だが……いかに聖なる衣をまとっても、果たしてこの冥府めいふにおける魂の管理人、終焉しゅうえんの使者たる俺の大鎌から逃れられるか……? ククク……」
 すそがところどころ裂けた黒いフード付きローブをまとい、大きな鎌を片手に怪しげな笑みを浮かべる彼は、どうやら死神らしい。

「世界の海をまたにかけるワールドワイドなパーフェクトヒューマン! キングオブパイレーツ・みくりや二葉ふたばとは俺のこと」
 ビシッと謎カッコいいポーズをしてみせる厨君は、海賊かいぞくか。頭には大きな三角帽、ゴージャスな雰囲気のナポレオンコートを羽織はおって、どくろモチーフの指輪をしている。

おろかなパリピどもめ、せいぜい浮かれ騒いでいるがいい。この後、地獄のお茶会(ティーパーティー)が待ち受けてるとも知らずに、ね……」
 シルクハットをかぶって、正装したピエロのようなド派手ないでたちをした九十九つくも君は、『不思議の国のアリス』のマッドハッター……あなたのその恰好かっこうも、パリピ以外の何ものでもないと思うけど。

「俺がその白い首筋にきばを立てた時の、痛みをこらえつつもどこか陶酔したようなちゃんの表情……やばい想像するとめっちゃエロい!」
 興奮したように顔を赤くしてまくしたてる高嶋たかしま君は、裏地が赤い黒マントとタキシード、付け牙をのぞかせた、吸血鬼。
「てか二次元で描写される吸血行為ってほとんど疑似セッ――」
「黙りなさい」
 独断と偏見に満ちた戯言ざれごとを口走ろうとしたので十字架を投げつけると、高嶋君は「ぐああああ、やめろろおお」と大げさにその場にひざまずいた。やれやれ……。

「よし、みんな仮装は完璧だな! じゃあ、早速園内に繰り出そ――」
「パンプキンマン、助けて!」

 威勢いせいよくこぶしをつき上げようとした野田君を、不意に幼い声がさえぎった。
「!?」
 見ると、小学生になるかどうかくらいの女の子が、野田君のマントのすそをぎゅっと握って、つぶらな瞳でかぼちゃの仮面を見上げていた。
 ピンクのネグリジェ姿なのは、『ピーターパン』のウェンディの仮装かな?

「わたし、忘れものをしたの。いっしょにさがしてちょうだい」
 利発そうな、はきはきした口調。表情は真剣そのものだ。
「忘れ物……?」
「君、一人? お父さんとかお母さんは?」
 高嶋君の質問に、女の子はふるふると首を左右に振る。
「パパやママもいっしょにいこうって言ってたけど、ダメになっちゃったの」
「じゃあ、誰と一緒に来たの?」
「だれとも。一人できたの」
 きっぱりと答える女の子だけど、こんな小さな子が一人でテーマパークに……?
〈アメージングワールド〉は入園料を払ってしまえばアトラクションは全部遊び放題だし、年間パスポートとか持ってるならお金はかからないかもしれないけど、入口の係員さんに止められそうだよね?
 一人っていうのは、ちょっとあり得ない気がする。

「小さきものよ、おまえの名は何という?」
「あさひな、ちさ」
「歳は?」
「六さい」
れい花耶かや姉、今は迷子係やってるんだろ? この子の保護者が来てないか聞いてみれば」
「なるほど」
 厨君の提案に、九十九君がスマホを取り出す。
 このテーマパークでは、九十九君のお姉さんの花耶さんがアルバイトをしていて、今日も花耶さんから割引券をもらったからみんなで遊びにきたのだった。

「――それっぽい人は来てないって。とりあえず姉ちゃんには、この子の名前や特徴を伝えて、保護者らしき人が来たら連絡してって言っておいたけど……」
 九十九君の言葉に、部員一同、さてどうしようと顔を見合わせる。
「……忘れもの、さがしてくれないの?」
「捜すぞ! だから安心しろ!」
 ちさちゃんの目がうるんでいくのを見て、即座に言い切る野田君。
 ちょっと、またそんな安請やすうけ合いして……!

「忘れ物って、何を忘れたんだ?」
「わかんない」
 わかんない……?
「袋とかに入れてて、中身がわからないってこと?」
 私がたずねても、ちさちゃんは困ったように首をかしげていたけれど、きょろきょろと見回すと、「あっち!」と指さして走り出した。
「おい、ちさ!?」
 色々と不可解だけど、こんな小さい子を一人で放っておくわけにもいかない。
 私たちも、慌ててあとを追った。


「アメージング・ハロウィン・デイ」連載第2回

   ☆★☆ 

「これ、乗ろう!」
 立ち止まったちさちゃんが指さしたのは、メリーゴーラウンドだった。
「忘れ物は……?」
「いいの」
 そう言って、入場口に行ってしまう。
 ま、いいか、とみんなで馬などのいろんな動物にまたがった。
「見ろピンク、ペガサスだ! カッコいいよな、ペガサス!」
「フッ、やはり、ドラゴンこそ最強……」
「中村は死神だし、テイスト的にこっちの狼のがいいんじゃねーか。北欧神話でオーディンを飲み込んだフェンリルっぽくて」
 メリーゴーラウンドでもテンション上げられるこの人たち、半端ないな!
「遊園地イベントのUR(ウルトラレア)イラストも可愛さマックスだったな……空良ちゃんはいつでも天使だけど、メリーゴーラウンドがあんなに似合う女子他にいないぜ。あの馬になりたい……!」
 白馬に乗った高嶋君は、見た目だけなら王子様かイケメン吸血鬼か、という感じなのに……安定の残念っぷり。
「おめでたいやつらだね」
 馬鹿にしたように鼻を鳴らす九十九君は、ちさちゃんの乗った馬の横に立っていた。
 そうか、万が一バランスを崩した時に支えてあげられるように?
 すぐにこういう配慮ができるのは、小さい弟妹がいるからだろう。

「次はこれ!」
 続いてちさちゃんが向かったのは、コーヒーカップ。
「――もっと回して。もっと、もっと!」
「よーし、いくぜ。おりゃあああああー」
 ちさちゃんのリクエストに、中央のハンドルを勢いよく回転させる野田君。
「ちょっと待って、野田君、回しすぎ……っ」
「よし、負けねーぞ大和やまと! うりゃああああああ」
「高嶋まで!? やめろ馬鹿!」
「ストップストップ! これは絶対後悔するパターン……!」
「こ、これ以上スピードが増すと、外界との時間の流れに齟齬そごが生じかねんぞ!?」
 異常な速さで回転する二つのコーヒーカップが、ようやく止まった時には――

「うう、気持ち悪……」
「しまった、やりすぎた……」
「スチューピッド、だから言ったじゃねえか……」
「まさか地獄のお茶会(ティーパーティー)に自らハマるとは……」
「時空移動の直後でも……これほどの消耗しょうもうは……まれ、だ…………グフッ」
 野田君以外の部員全員が、激しいめまいでぐったりとベンチにもたれかかっていた。

「大丈夫か、みんな!?」
「なんでおまえは無事なんだ……」
「三半規管おかしいだろ?」
 うらめしそうに見上げる一同に、「きたえてるからな!」とけろりと答える野田君。
 そういえば、ちさちゃんは!? とハッとした直後、
「お兄ちゃんたち、次はあれ! あのパンダさん乗りたい!」
 はずんだ声が響き、ちさちゃんはそばにあったパンダカーへと走っていく。つよい。
「おれが見てるから、おまえらは少し休んでいろ」
 野田君はそう言い残すと、ネグリジェ姿の幼女を追っていった。
 ほどなくして、「進路クリア、オールグリーン。パンダロボ、発進!」という力強い号令と、きゃーとはしゃぐ歓声が聞こえてくる。

「……で、いつまであのガキに付き合うんだよ?」
 だいぶ回復してきたらしい厨君が、体を起こしながら、仏頂面で話し出す。
 そういえば彼は、小さい子が苦手なんだっけ。
「忘れ物を捜すったって、何を捜すのかもミステリーだし、遊ぶ方に夢中に見えるぜ」
「そうだね……迷子センターに保護者が来たら連絡もらえるわけだから、花耶さんから連絡がくるまで、かな?」
「ああ。あんな小さい子をこのまま放置しとくわけにもいかないしな」
 私の言葉に、ゆっくりと起き上がりながら頷く高嶋君。
「まさかこんな日まで子守りをする羽目になるとはね……」
 九十九君もうんざりした口調ながら、異論はないみたい。
「おまえらって、ほんと……」
 厨君は呆れたようにぼやいてから、「……仕方ねえか」とため息交じりに同意を示した。

 ちなみに中村君は――
「……すまない、誰か、俺にハイポーションをめぐんでくれないか……?」
 いまだベンチに横たわったまま、私たちの会話に加わる気力も戻らないようで、青白い顔でそんな懇願をする。
「死ぬな、竜翔院りゅうしょういん。待ってろ、今――」
 高嶋君が彼の頭を持ち上げてその唇にスポーツドリンクを注ぐと、コク……コク……とゆっくりと飲み下してから、弱々しく笑った。
「フン、俺を誰だと思っている……? これしきのことで、死んで、たまるか……!」
 本当にね。

   ☆★☆


「アメージング・ハロウィン・デイ」連載第3回

『大変、バクエンジャーが大ピンチだ! 良い子のみんな、バクエンジャーを応援してあげて。せーの!』
「「「「「バクエンジャー、がんばってー!」」」」」
 野外ステージのヒーローショー。
 子どもたちの無邪気むじゃきな声が響く中、客席からひときわ大きな声援を送っていたのは――かぼちゃ頭のパンプキンマンだった。
「負けるなバクエンジャー! そうだ、いけー! 正義は必ず勝ーつ!」
「お、落ち着いて、野田君」
『やったー! みんなのおかげで、悪いやつを倒せたね! ありがとう、バクエンジャー!』
「うおおお、やったな、ちさ!」
「うん、よかったー!」
 興奮する野田君と、はしゃいでハイタッチをするちさちゃん。

 続けて行われた『アイライブ!』ショーでは……
「ひゅうーっ、可愛いよ、空良ちゃん!」
「S・O・R・A マイラブエンジェルー! M・U・R・I 限界ラブリー!」
「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ! おおおおおおお、ハーイ!」
 オタク吸血鬼が歌の合間に掛け声をかけたり合いの手を入れたりと、大ハッスルしていた。

「今度はあれ!」
 ちさちゃんの指さす先にあったのは、レーザー光線をかいくぐって奥のゴールを目指すアトラクション、その名も『スパイ大作戦』。
「ここはオレに任せてもらおう」
 自信満々で進み出た九十九君だったけど、始まってすぐに立て続けに「ブーッ」「ブーッ」と接触を知らせる警報が鳴り響き、成績はいたって普通だった。お約束をありがとう。
 誰が一番少ないダメージでクリアできるか勝負して、結果は野田君の優勝。
 小柄なのも有利に働いてたかもね。

 すごかったのは、その隣にあった、壁で次々にランダムに光る無数のボタンを時間内にいくつ押せるか競うアトラクション。
 これにもみんなでチャレンジしたんだけど、この時の野田君、とんでもないスピードと反射神経でボタンを連打していって、なんと遊園地の歴代最高記録を打ち出してしまった。
 結果が出た時は周りのお客さんからもどよめきと拍手が起こってたよ。

 どっちの勝負でも2位になって悔しがっていた厨君は、トランポリンで『ジャンプ中にカッコいいポーズを決める』というヒーロー部内のみで始めた謎の競技で、見事優勝に輝いた。
 なんだろう、あの圧倒的レパートリー……運動神経が良くなきゃできないし、確かにいちいちカッコいいんだけど……変なツボに入って腹筋が死んだ。

 迷路館では、中村君が大活躍。途中で物見やぐらに上った時に複雑きわまりない広大な迷路の構造を全て覚えて、以降は一度も迷わずゴールに導いたのだ。
 どんな脳みそしてるんだと感心したけど……
「フッ、前世で数多あまたのダンジョンを突破してきた俺には赤子の手をひねるようなもの……智の女神の祝福を受けた竜翔院凍牙を翻弄ほんろうしたいのならば、ミノタウロスの地下迷宮レベルは用意してもらわねば、な」
 うん、やっぱこの脳みそ、理解不能。


 テーマパーク内はあちこちにかぼちゃや魔女、お化け、骸骨がいこつ蜘蛛くもなどハロウィンモチーフの飾り付けがされていて、行き交う人たちも半分くらいは仮装姿なので、眺めているだけでワクワクしてくる。
 気付けば厨病ボーイズも私もこの非日常的空間を思いっきり楽しんでいたけれど、ちさちゃんも「お兄ちゃんたち、すごい!」「おもしろーい」と終始笑顔だったのは何よりだった。
 そして、今乗っているのは、観覧車。
 BGMを自分で設定できるゴンドラ内には、野田君チョイスの『バクエンジャー』のオープニング曲が鳴り響いている。
 ゴンドラは園内や周辺地域が一望できる頂上付近まで上がってきていた。
 そろそろ九十九君からあの台詞が出るかな~とちらりと視線を向けたところ、
「見ろ、人がノミのようだ!」
 微妙にアレンジしてきた。
 高層に上がるたびにどれだけの人が口にしてきたんだろうね、あの台詞。

「――まだ花耶さんからの連絡はないんだよね?」
「ああ。幼女を放置して保護者は何をしてるんだか……」
 隣に座るちさちゃんを見ながら、渋面じゅうめんを作る九十九君。
 ちなみにこのゴンドラには九十九君、ちさちゃん、野田君、私の四人が乗っている。
「高いねー。すごいねー」
「そうだな! なあ、ちさの家はどっちの方なんだ?」
「あそこ」
 野田君の問いに、ちさちゃんはテーマパークのすぐ隣に立っているマンションを指さした。
「えっ、あのマンションがちさちゃんのおうちなの!?」
「うん」
 まさかそんなご近所だったとは……それならもしかして、一人で来たってのもあり得る? 入口では他の家族連れにまぎれて、係員のチェックをかわしたとか……。

「ちさちゃんがこの遊園地に来たことを、お父さんやお母さんは知ってるの?」
「知らない。でも、だいじょうぶ」
「ちさちゃんがいなくなって、心配してたりしない?」
「だいじょうぶ」
 ちさちゃんははっきり言い切ってから、「忘れものみつけたら、ちゃんと帰るから」と続けた。
 完全に遊んでいるだけに見えたけど、まだ捜す気があったんだ……。

「でも、忘れ物がなんなのか、わからないと捜しようもないよ?」
 九十九君の言葉に野田君も「ああ」と頷いてから、目線をちさちゃんの高さに合わせて、真正面から告げる。
「おれたちはちさの力になりたいんだ。だから、そろそろ何を捜してるのか、教えてくれ」
「………………」
 ちさちゃんは、困ったように眉を寄せてしばらく沈黙していたけれど、やがて真剣な瞳で、言った。

「あのね……もう少しでみつかると思うから、ちさといっしょにいて」

「…………わかった。でも、暗くなる前には、帰ろうな!」
 野田君が気を取り直したように明るい調子で言い聞かせると、ちさちゃんもホッとしたように頬をゆるめて、こくりと頷いた。


 観覧車から降りると、お昼ご飯のためにフードコーナーへと向かった。
 お好み焼きにマヨネーズで蜘蛛の巣の形が描かれていたり、カレーに星型の人参が添えられていたり、料理もハロウィン仕様でなかなか可愛い。
「オークとミノタウロスのキメラ肉を聖者の肉体で挟みしものが、ゴーストのレイピアによって貫かれている……な、なんというカオス。いったい何が起こったんだ……!?」
 ハンバーガーにお化けのピックが刺さってるのを見て、おののく中村君。知らんがな。

 屋外のテーブル席に着いてお昼を食べながら、先ほどゴンドラの中でちさちゃんから聞いた話を他のメンバーにも伝えた。
「ふむ……つまりあの小さきものは、単独でこの楽園エデンに迷い込んだ可能性も出てきたというわけか……」
「でもあいつ、財布もワンデーパスポートも何も持ってないんだぜ」
 隣のテーブルで野田君と九十九君とカレーを食べているちさちゃんに視線を向けながら、彼女のカレー代を払ってあげていた厨君が眉を寄せる。
「ペアレンツと一緒じゃないにしても、入園する時は誰かしら同行してたはずだろ」
「確かに……でも、その人はどうして迷子センターに来ないんだろう? ちさちゃんの『忘れ物』も謎のままだし……」
 みんなでしばらく考えたけど、これという案は見つからなかった。
「……まあ、家がわかったんだし、ちさの気が済んだら送り届けてやればいいんじゃねーか」
 高嶋君の言葉に、一同、すっきりしないながらも、頷いた。


「アメージング・ハロウィン・デイ」連載第4回

   ☆★☆

 お昼を食べ終えると、またちさちゃんの希望に沿ってテーマパーク内を遊びまわった。
 絶叫系に乗るのを楽しみにしていた男子たちには、私がちさちゃんを見てる間に行ってきたらと声を掛けたんだけど、「ちさと別れた後、夜に乗りまくろう」と言われ、結局ずっとみんなで行動していた。
 ……私、絶叫系あんまり得意じゃないから、それはそれで戦々恐々せんせんきょうきょうなんだけど。

 どんなアトラクションでも妄想まみれのおバカな反応を繰り広げる厨病ボーイズに、ちさちゃんは大喜びだった。
 ずっと機嫌よくニコニコしていたのだけど、それが崩れたのは、テーマパークの目玉イベントの一つであるパレードの見物が終わった直後のことだった――。


「ちさちゃん、大丈夫? 怖くなかった?」
 スタッフ扮する不気味なピエロやゾンビ、モンスターたちとホラー風味にデコられたワゴンからなるハロウィンパレードは、なかなか刺激的で周りでは泣いてしまった幼児もいたようだったけど、ちさちゃんは笑顔で首を振る。
「ぜんぜん! 楽しかった~」
「そっか、よかった。……あ、ゾンビにもらったあめ、なめる?」
 パレードでは、スタッフがお菓子を周りの観客に配って回っていたのだ。
「うん!」
「じゃあ……あーん」
 小さなお口に、飴玉を一つ押し込むと、それまで満面の笑みを浮かべていたちさちゃんが、驚いたように目を見開いた。
「……これ……よくママがくれたあめ……」
 ぽつりとつぶやいたかと思うと、みるみるその両目に涙があふれ出して――

「うう……えぐ……うわあああああああああああん」

 大きな声で、泣き出してしまった!
「ち、ちさちゃん!?」
「うわあああああああああん」
「どうした、ちさ!?」
「それが、飴を食べたらいきなり……」
「ちさ、飴、嫌だったか?」
「ぺっ、てする?」
「うわあああああああああん。ママああああああ、パパああああああああ」
 お母さんたちのことを思い出して、急に恋しくなってしまったのかな?

「ママたちに会いたいのか? もう家に帰る?」
「望みとあらば、送っていくぞ」
「あのマンションがちさの家なんだよね? ママのところ戻ろうか?」
 みんなでなだめようとしても、ちさちゃんはイヤイヤをするように首を左右に振って、泣き続ける。
「ダメなの~。うわああああああああああん」
「ダメってどうして? おうちにママたちはいないのか?」
「うわあああああああああん」
「どこにいるかわからないのか? なら、おれたちが見つけてやるから、泣くな!」
「ママああああああああ、パパああああああああ」
「……ちさ! ほらほら、綺麗だな~」

 高嶋君が、口にストローを加えてふうーっと吹くと、たくさんのシャボン玉がぶわっとちさちゃんの周囲に出現した。近くの売店で調達してきたらしい。
 ハッとしたように目をみはるちさちゃん。
 おっ、これはイケるか!?
 ……と思ったのだけど、ちさちゃんの顔はすぐにくしゃりとゆがみ、また「うわああああああああん」と大音量で泣き始める。ダメか……。

 どうしよう……とおろおろしてたら、九十九君が「できればこの手段は使いたくなかったが……」と悲壮ひそうな面持ちでつぶやいてから、覚悟を決めたように顔を上げて、叫んだ。

「二葉、歌え!」

「…………は?」
「なんでもいいから歌うんだよ! 早く!」
 ポカンとしていた厨君だったけど、九十九君に急かされると「オーケー」と頷き、愛用のマイク(受信機にはつながってないパフォーマンス用)を自分のバッグから取り出した。
 そして、すうっと息を吸い込んでから、大音量でがなり始める。

「♬Oh men このラップが伝説の前兆オーメン
 おめーは神に祈れ アーメン(ポウ!)
 流星群とともに現れた俺は救世主
(チェケラッチョ!) まるで強くてニューゲーム……♪」

 ~~~~相変わらず酷い……!
 まるで眩惑げんわく系の魔法でもくらったような錯覚を呼び起こす、あまりにも不安定にして無駄に声量だけはある脳をしびれさせる歌声。え、何これ、ヒプノシス●イク?

「――もういい、二葉。ストップだ!」
 騒音が収まり、一同ホッと胸をなでおろす。
「せっかく調子が出てきたところだったのに……で、なんだったんだよ、零?」
「見てみなよ」

 九十九君が示した先では、ちさちゃんが呆然としたように目を見開き、完全に泣きやんでいた。

 おお~っとその場に大きなどよめきが起こる。
「前にうちのチビたちが泣きわめいてどうしようもなかった時、二葉の動画を見せたらやっぱり二人ともぴたっと泣きやんだんだ」
 厨君の歌にそんな効能が……!
「なるほど、泣く子も黙るカリスマ……というわけか」
 厨君は嬉しそうにそんなことを言ってたけど、びっくりしすぎて泣くのを忘れるのかな。

「大丈夫か、ちさ!」
 野田君が尋ねると、ちさちゃんは顔を涙でぐしゃぐしゃにしたまま、でも落ち着いた様子でこくんと頷いた。
「これからどうする? まだ忘れ物を捜すのか?」
 いつの間にか日は傾き、あたりは夕闇に包まれ始めていた。
 そろそろ帰らせた方がいいと思うけど、家に帰りたくない事情があるのだろうか。
 どうしたらいいかな……と思いながら反応を待っていたところ、ちさちゃんは。
「……ううん、もう、いい」
 どこかすっきりした顔で、そう言った。
「忘れもの、なくなったから」
 ……どういうこと……?

「わたしね、ずっと病気をしてて、おうちの窓からここを見ながら、いつか元気になったら遊びに行こうってママとお話ししてたの」
「そうだったのか。じゃあ、元気になったんだな」
 野田君の言葉に、ふるふると首を左右に振るちさちゃん。
 え……まだどこか悪いの? 全然そんな風に見えなかったけど……。
「無理してたの? 大丈夫?」
「うん。もう、どこも痛くないし、苦しくないよ。でも、さいごにどうしてもこの遊園地で遊びたくて……」
 ……最後?
「お兄ちゃんたちのおかげで、すごく楽しかった」
 え? え?
「ありがとう」
 ネグリジェ姿の幼女は私たちに笑顔でバイバイをすると、次の瞬間――

 すうっとその場から消えていった。

「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
 私たちは、しばらく固まって何もない空間を見つめてから。

「「「「「「えええええええええええ!?」」」」」」

 いまだかつてないほどの絶叫を、秋の夕空に響かせたのだった。


「い、今の、おれの見間違いじゃないよな!?」
「消えた! すうって消えた……!」
「つつつつまり、忘れ物とは、この世での思い出的なものだったと……?」
「ジーザス、初めて見た……」
「…………も、無理」
「つ、九十九君、しっかりして!」
 一同、周囲の人々からの注目を気にする余裕もなく、激しく動揺していたけれど。

「――ま、何はともあれ、成仏じょうぶつできたみたいでよかったな!」

 吹っ切れたらしい野田君が、あっけらかんとそう言った直後。
 パッとテーマパーク内のイルミネーションが一斉に点灯し、わあっとあたりに歓声が沸き起こる。

「よし、ジェットコースター乗りに行こうぜ!」
「待て大和っ、一人で先行くな。はぐれるぞ!」
「確かにTime flies like an arrow。ボーッとしてたらすぐに閉園タイムだな」
「フッ、考えてみれば死神が霊に驚くというのも奇妙な話だ……」
「みんな立ち直り早すぎでしょ! てか九十九君、気絶しちゃってるんだけど……!?」

 オレンジと紫が交じり合う幻想的な空の下。
 ジャック・オ・ランタンの光や電飾に照らされるのは、お化けや異形が行き交う風景。
 屋台から漂ってくる焼き菓子の甘い香り。
 スピーカーから流れ続ける賑やかでちょっと不気味な音楽。

 これは、ヒーロー部で体験した中でもとびきり不思議で、不可解な……ハロウィンの片隅で起こった、とある一日のエピソード。


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